人的資本経営とは?を簡単に解説。経営・人材戦略を連動させる具体的な進め方

2026年01月13日

近年、持続的に企業価値を高めるための「人的資本経営」という考え方が、広く浸透しています。

会社から導入を検討するよう指示されたものの「これまでの人事の考え方とは根本的に違って難しい……」と感じている人事労務担当者は多いかもしれません。

 【この記事のポイント】

  • 人的資本経営はとは人材を「資源(コスト)」から「資本(投資)」へと転換する考え方。「人件費を削る」発想を捨て、人材を「リターンを生む資本」と再定義する
  • 投資家は今、財務表に載らない「人の力(非財務情報)」を評価するようになっている
  • 人的資本経営には働きがいの向上(エンゲージメント)やリスキリングなどのメリットがあり、離職率を下げ、イノベーションを起こし、採用力を高める「高利回りの投資」と捉えられる
  • 「どんな事業をしたいか」と「どんな人材が必要か」を完全に連動させるのが成功の秘訣。理想(To be)と現実(As is)のギャップを可視化し、埋めていくプロセスが求められる

人的資本経営とは?

人的資本経営とは、人材を「資本」と捉えて、人材の価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげようとする経営の考え方です。

従来は「人件費」や「人的資源」という言葉に表されたように、人材は「コスト」「資源」として「消費されるもの」という捉え方をされてきました。こうした考え方から転換して、人材を「リターンを生み出すもの」と位置づけて投資する手法が「人的資本経営」です。

従来の経営人的資本経営
人材の捉え方・資源 (コスト)
・「消費されるもの」
・資本 (投資)
・「リターンを生むもの」
人材育成の考え方育成はコスト・負担育成は投資対象
組織と個人の関係年功序列、終身雇用による囲い込みお互いに選び選ばれる関係
意思決定の手法勘や経験に依存データやKPIに基づき、科学的に意思決定
人材活用の目的短期的な課題解決やコスト削減中長期的な企業価値の向上

人的資本経営は、人材をより戦略的・科学的に捉えて、長期的な投資と位置づけて企業の成長と持続可能性につなげます。

人的資本経営が求められている理由

今、人的資本経営の考え方が注目されるようになっている理由は主に3点あります。

  1. 企業の評価基準の変化
  2. 技術革新・労働市場の変化
  3. 情報開示の義務化

1. 投資家による企業評価基準の変化

企業の評価基準が「財務指標」中心から「非財務指標」を重視する方向に変わり、その中で人的資本が企業価値を決める重要な要素として注目されています。

例えば投資の世界では従来の財務指標だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への取り組みを評価する「ESG投資」が行われるようになっています。具体的には従業員の離職率、リーダーシップの多様性、男女間の賃金格差などを新しい指標として見なします。

加えて、企業の価値をはかる資産が設備や土地といった「有形資産」から、ブランド、知的財産、人材といった「無形資産」にシフトしていることも、企業が人的資本経営を推し進める理由になっています。

2. 技術革新・労働市場の変化

「技術革新」や「労働市場の変化」といった環境の変化も人的資本経営の重要性を高めています。

  • 技術革新とDXの進展
    DXと自動化が定型業務を代替化することで、創造性やイノベーションといった人間にしかできないスキルを持つ人材にニーズが高まっている
  • 労働市場の構造変化
    労働力人口が減ることで「付加価値の高い人材」の獲得競争が激しさを増している

3. 情報開示の義務化とコンプライアンスの強化

日本政府も、人的資本経営を国家戦略の柱として強力に推進し、制度化を進めています。

2023年3月期以降、日本では上場企業(約4,000社)を中心に「有価証券報告書」で人的資本(人材育成や多様性、健康、安全など)に関する具体的な情報を開示することが法律で義務づけられました。

【開示が義務付けられた2分野6項目】

分野項目
サステナビリティに関する考え方及び取組① 人材育成方針
② 社内環境整備方針
③ 1,2の指標・目標を記載
従業員の状況既存の記載項目(従業員数、平均年齢、平均勤続年数、平均年間給与)に以下を追加
④ 女性管理職比率
⑤ 男性育休取得率
⑥ 男女間賃金格差

参照:企業内容等の開示に関する内閣府令等改正の解説|金融庁

人的資本経営を取り入れるメリット

人的資本経営の考え方を取り入れることにより、企業には以下のようなメリットが期待されます。

1. 企業価値・投資家からの評価向上

人的資本経営に取り組むことで、人材育成や働きがい、多様性の推進など具体的な取り組みが評価され、投資家からの信頼や評価が高まることが期待されます。これにより企業価値が向上し、資金調達や事業拡大がしやすくなります。

2. 従業員エンゲージメントの向上と離職率の低下

社員が自分の成長や働きがいを感じられるようになります。結果、会社に対する帰属意識や忠誠心が高まり、社員のモチベーションの維持や離職率を抑えることにつながります。

3. 生産性の向上・イノベーション創出

人材への投資が増えると、社員の能力やスキルが上がり業務が効率化したりアウトプットが向上します。また社員の多様性が広がることで、新しいアイデアが生まれやすくなったり、新商品・サービスの開発など、イノベーションの創出が期待できます。

4. 採用力強化・企業ブランディングの確立

労働者の間で「働きがいがある」「成長できる環境」としての評判が高まり、優秀な人材の採用力がアップします。また、社会的信用が上がることで企業のブランディングが強化され、他社と差別化できます。

人的資本経営のフレームワーク「伊藤レポート」とは

出典:人材版伊藤レポート

人的資本経営を具体的に実践する上で、日本で最も広く参照されているのが「伊藤レポート」によるフレームワークです。

「伊藤レポート」は経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」のことで、一橋大学の伊藤邦雄教授が主導した、企業が持続的に成長するための人的資本経営の指針をまとめた報告書です。

このレポートでは「3つの視点」と「5つの共通要素」という実践的なフレームワークを提示しています。

参照:「人材版伊藤レポート2.0」を取りまとめました (METI/経済産業省)

3つの視点 (3 Perspectives – 3P)

人的資本経営の戦略を立案・実行する際に、経営者が持つべき大局的な視点として3つの視点が提唱されています。

  1. 経営戦略と人材戦略の連動
    人材戦略を会社の経営戦略そのものの「一部」と考える視点。会社が目指す事業の方向性やビジネスモデルに合った人材の採用・育成・配置を戦略的に行うことが重要としています
  2. 現状と理想(As is – To be)のギャップを客観的に把握
    企業は今の自社の人材状況(As is)と、将来必要とされる人材像や目標(To be)との違いを、具体的なデータや数値で評価して、ギャップのありかを明確にすることが求められます
  3. 企業文化への定着
    全社員が人材育成や多様性、働きがいの重要性を理解して、会社全体の文化として根付かせようとする視点

5つの共通要素 (5 Common Factors – 5F)

企業が人的資本経営を推進する際に重視すべき「5つの共通要素」を提唱しています。

  1. 動的な人材ポートフォリオ
    企業の成長戦略や環境変化に合わせて、社内外から必要な人材を集めスキルや経験を計画的に組み合わせる
  2. 知識・経験の多様性(D&I: ダイバーシティ&インクルージョン)
    年齢、性別、国籍、価値観など、多様な背景を持つ人材を受け入れ、新しい価値創造につなげる
  3. リスキル・学び直し
    社員が変化する業務環境や市場に対応できるよう学習の機会提供を重視し、社員の成長と企業の競争力強化を図る
  4. 従業員エンゲージメント
    社員の仕事に対する満足度や会社への愛着、働きがいなどを高める取り組みを行う
  5. 時間や場所にとらわれない働き方
    テレワークやフレックスタイム制など、多様な働き方を認めることで、人材の多様性拡大やワークライフバランス向上を実現する

人的資本経営を取り入れる方法・手順

上記の「3つの視点」と「5つの共通要素」のフレームワークに基づいた人的資本経営を導入するための方法をより実践的なステップで紹介します。

Step 1: 経営戦略・人材戦略の紐づけと「あるべき姿」の設定

会社が目指すべき経営の方向性(経営戦略)と、それを実現するための人材に関する戦略(人材戦略)を連動させます。

これにより、「理想の組織や人材の姿(あるべき姿)」が明確になり、どんな人材が必要か、どんな育成や環境整備が求められているかが見えてきます。

例:

  1. 経営の方向性(経営戦略):
    今後3年間でクラウド事業に強みを持つ企業として売上を倍増する
  2. 人材に関する戦略(人材戦略):
    「クラウド技術に強いエンジニア」「営業力のある人材」「多様な視点を持つプロジェクトリーダー」が必要
    →中途採用強化、専門人材のキャリア支援制度の導入
  3. 理想の組織や人材の姿(あるべき姿):
    クラウド事業の売上を牽引できる多様な専門人材が集まり、技術力や営業力の両面から成長する組織

​Step 2: 現状(As is)と理想(To be)のギャップ把握

次に、現在の自社の組織や人材の状態(現状)と、Step1で設定した理想(あるべき姿)との違い(ギャップ)を整理します。

これは、人材の能力や多様性、離職率、働きがいなど、定量的なデータやアンケートなどを使って行います。ギャップが具体的にわかることで、改善すべきポイントが明確になります。

例:

  1. データ収集と分析:
    • 人員構成(年齢や性別、勤続年数など)
    • 研修受講状況やスキル評価
    • 従業員満足度や離職率データ
    • 働きがい・エンゲージメント調査の結果
  2. 理想の姿との比較:
    • 理想はエンジニア比率が30%だが、現状10%しかいない
    • 研修の受講率が低く、期待されるスキルが不足している
    • 離職率が高く、働きがいに課題がある
  3. 改善ポイント・優先順位の整理:
    • エンジニアの育成を重点課題とする
    • 研修制度の充実を図る

Step 3: KPIの設定と施策の立案・実行

ギャップを埋めるための具体的な目標(KPI)を設定して、達成するための施策を計画して実行に移します。

例:

  1. KPIの設定:
    • 研修参加率:80%以上にする
    • エンジニア比率:現状10%から30%に増やす
    • 従業員離職率:年間5%未満に維持
    • 従業員エンゲージメントスコア:70点以上にする
  2. 施策の立案:
    • 研修プログラムの拡充と実施促進
    • エンジニアキャリア支援プログラムやメンター制度の導入
    • 離職率低減のための面談強化や労働環境の改善
    • 働きがい向上に向けたコミュニケーション施策や福利厚生充実
  3. 施策の実行:
    目標達成に向けて施策を実行

Step 4: モニタリングと改善

施策の成果を定期的にモニタリングし、KPIの進捗や課題を確認します。問題点があれば改善策を検討し、柔軟に施策を見直すのが重要です。こうしたPDCAサイクルを回すことで、人的資本経営の効果を最大化できます。

例:

  1. 定期的なKPIチェック:
    四半期ごとに研修参加率を集計し、前年同期と比較する
  2. 課題の抽出と原因分析:
    研修参加率のが低い理由をインタビューや満足度調査で探る
  3. 改善施策の計画と実行:
    研修内容・テーマ・講師を変更してみる

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    参照資料

    この記事の執筆者
    まき社会保険労務士事務所 代表
    社会保険労務士 牧 あや